新規更新。粕谷の意思204「日本國病」完成。

新規更新。粕谷の意思204「日本国國」2020年7月31日13時04分に完成。同じ社会に生きる我々が社会共通の大問題を誰かに任せっきりで済まされるはずもない。この論理にさえ気付かない者がいる。粕谷が正義感と理不尽から取り組まざるをえないことは状況から判るであろう。しかしそれを知りながら他人事の様にただ傍で手を叩き表面上の応援だけを決め込む程度で良いのだろうか。粕谷はアジテーターでは無い。エンターテナーでもない。皆と同じ血の通った人間である。痛みも空腹も喜怒哀楽も感じる同じ器官を持つ生身の人間である事を言っておく。最低限の権利を失うことがどれほどの事か。もっと自分に置き換えて真剣に考えて欲しい。守り守られる事が当たり前と思っている人権。当然の権利が卑怯なやり方で一方的に侵害されたとききっとあなたは我慢できない。粕谷が我慢しているのは愛する人を守るためだけである。それが無ければとっくに恨みを精算しているであろう。犯罪被害の証拠は未必の故意で計画的にことごとく隠滅され第三者の協力無しでは証明する事が困難な状態が数十年続いた。多勢に無勢の状態で犯罪組織が取囲み侵害され続ける事の理不尽にただ甘んじ我慢出来る者などいない。チョット考えてみて欲しい。皆さんが自分にとってリスクになる都合の悪い事をやってくれている人がいるとするならばそのやってくれている人にリスクは無いのでしょうか。こと社会的大問題であればあるほど自分が動かなくて良いのでしょうか。社会的意義を考えその必要性を提示しなお且つ大変なリスクや危険が差し迫っていると思うに足る事実がある事を十分認識していながら。誰かに任せっぱなしで良いのでしょうか。それで良い時代は一秒も無かった筈である。しかしながらこの国の国民はいつの時代も自分で検証をする事を怠りアジテーションに乗り煽動を見破れず集団ヒステリーに追い込まれ仕組まれた戦争に引きずり込まれ計画されていた敗戦を迎えた。その後仕組んだ者の一味であるものが総理大臣を歴任し敗戦の苦しみなど微塵も味わっていない。それどころか我が世の春を謳歌している。開戦を決断した者が全く痛みを負っていない。反対に身代わりとしてスケープゴートとして犠牲者を国民の良民の中から選び選りすぐりの人柱として設定してきた残忍な事実。その被害者の最たる者が私こと粕谷直樹である。戦争の首謀者は対戦相手と通じ敗戦後まで厚遇を約束していたことは状況から確実である。敗戦による全ての負担と理不尽を凝縮して国民になすりつける事を決めていたのである。他の国民は助けることも無くただただ手を合わせ自分にその火の粉が飛んで来ません様にと願う。それで良いのかと粕谷は聞いている。皆に質問しているのだ。相手に背を向け逃げれば最も犯罪者が喜ぶ結果となる。だから粕谷は自身で必要性に気付き結束して立ち向かうことの重要性を説いてきた。恐ろしいと思うのならば一層闘う事である。にげることは最も得策ではない。自分がリスクを負わずに結果だけ求めるのはおかしくないか。大変な事ほど共に取り組むからこそ意味がある。一切痛みを負わずに切り抜けられるほど楽な状態にこの国はあると思ってんのか。粕谷がやっている事は有益で都合が良いと考える奴は馬鹿である。死んでくれと言いたい。何様だと言いたい。テメーは高見の見物を決め込んで。風向きが変わればいつでも逃げられる体制で。そんなクソ野郎のためにやってきたわけではない。それではどうすべきか。そんなことすら膨大な時間があったにも関わらず何も考えていないのであろう。いつも誰かが言った事を事後的に評価あるいは批評ばかりする上から目線。決して自ら汗をかきリスクを負って検証を重ねて事実を共有しようともしなければ提案もしない。目先の刹那的利益を優先し身の振り方を判断する者は妥当性がなく何も成し得ない。人に迷惑をかける事で利益を求める奴は粕谷の敵である。覚えておくが良い。途中はどうであれそのような奴が上手く立ち回っても粕谷は絶対に見抜く。馬車道出版株式会社代表取締役社長粕谷直樹

馬車道出版株式会社代表取締役社長粕谷直樹

モノ言えぬ人々を直接間接的に代弁する。そんなサイトにしたい。 馬車道出版株式会社 代表取締役社長 粕谷直樹。